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鳥越一朗著
現代の高校生が謎解きに挑戦する、京都歴史ミステリー小説
キリスト教は、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが16世紀に日本へ伝えたというのが一般の常識です。
しかし、それより七百年も前に歴史の偶然にもてあそばれ、日本に足を踏みいれたキリスト教徒がいた…。
謎の老人の出す難問を通じ、その経過をひとつひとつ解き明かしていく現代高校生カップルの初々しい情熱は、圧倒的な説得力を持ちます。
冒頭部分
京都府立S高校二年の樋口隆が、悪友山本彰の仲介で、かねてから想いを寄せていた中川美紀とデートの約束を取り付けたのは、夏休みまで後わずかという一学期も末のことであった。
美紀は、学年でも一、二を争う美貌の持ち主で、言い寄る男子生徒はそれこそ星の数ほどいたから、彼女が隆と付き合ってもいいと言っていると彰から聞かされたとき、隆は自分の耳を疑った。
とくに勉強が出来るわけでもなく、スキー部に所属してるとはいえ、ほとんど目立った成績を上げていない隆にとって、美紀は「高嶺の花」以外の何物でもないと諦めていた。
自分とは住む世界が違い過ぎると。
しかし、「彼女のいない夏なんて、クリープを入れないコーヒーよりも寂しいぞ」という彰の面白半分のけしかけに、ヘンな反発心が沸いて、どうせ狙うなら一流どころを、と駄目もとの精神で美紀にアタックしたのである。
アタックといっても、美紀に面と向かって愛の告白をしたわけではない。
さすがにそこまでの勇気は隆にはなかった。
彰が隆に代わって彼女に交際を申し込んでくれたのだ。
彰がどういう風に美紀へ取り次いでくれたのか、気にならないではなかったが、結果オーライとあらば、そんなことはもはやどうでもよかった。
美紀のOKをもらってからというもの、隆は宙を歩いているような気分であった。
男子生徒の一部で「彼女は、誘われればけっこう誰とでも付き合う尻軽女」という噂が囁かれていることを知らないわけではなかったが、憧れの君とデートできる喜びの前に、そうしたことへの懸念は簡単に吹き飛んでしまっていた。
隆は、初めてのデートで彼女を何処へ連れていくか、大いに頭を悩ませる。
残念ながら夏のデートの定番イベントである祇園祭の宵山は、数日前に終わっていた。
何しろ隆は、これまで女の子とまともに付き合ったことなど一度もなかった。
どんな場所で、どういう風に扱えば女の子が喜ぶのか想像するのも難しかった。
考えあぐねて彰に相談してみたが、「せいぜい苦しむことだな。そうやって少年は皆大人になるんだ」とか言って、まともに取り合ってくれない。
もっとも、彼にしたって背伸びして遊び人を気取っているが、異性交際においてそれほど成功経験が豊富なはずはなく、妙案を提供できる能力、資格があるとは思えなかった。
結局、隆は毎月二十一日に開かれる東寺の縁日に美紀を連れ出すことにする。
京都では東寺の縁日のほかに、毎月二十五日に北野天満宮でも縁日が催されており、それぞれ「弘法さん」、「天神さん」の名で古くから京都市民に親しまれていた。
隆は、露店散策の好きな父親に連れられて、小さな時からこの二つの縁日にはよく訪れていた。
五年前父親がガンで亡くなった後もその習慣は抜けず、友人からは変な目で見られたが、毎月縁日の日になると、いまだに自然とそちらの方に足が向くのだった。
特に何かを買おうというわけでもなく(ものを買うのが目的なら、コンビニやスーパーの方がよっぽど安くてまともなものを売っている)、ただブラブラと品物を眺めて歩くだけなのだが、隆はこの縁日の雰囲気が何とも言えず好きだった。
そして、そんな縁日の、露店の並ぶ参道をいつか恋人と二人で歩けたらどんなに素晴らしいだろう、と時々夢想していたことがふと頭によみがえってきたのである。
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